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条件付きの愛情 2018.5.12






僕が20歳の時、演劇のクラスメートだった女性に言われた一言が未だに心に残っています



彼女とは話のノリが合い、出身がお互い関西だったこともあって、ちょくちょく飲みに出かけていました



そんなある日、、、
「チック(僕のニックネーム)は彼女作らへんの?」

『んーー、好きになってくれる人がおったら付き合うんやけどなぁ』

「ほな、好きになってくれる人しか好きにならへんの?それってホンマに好きなん?」



彼女にとっては飲みの席の何気ない会話だったかもしれません

けれど僕にとっては、大きな衝撃でした


それは、「好きをくれるなら好きを返すけど、くれないなら愛さない」ということに他なりません

特に"それってホンマに好きなん?"という言葉
僕の深い本音が"それは愛じゃないな"と感じたことを覚えています


おそらくそこからだったと思います
愛することに条件をつけないと意識しだしたのは


傷ついたり弱ったりしているときは、まだまだ見返りを求めようとしてしまう時はありますが、それでもあの日あの時の彼女の言葉によって、僕の愛の方向性が決まったのは間違いありません

これは女性に対してだけではなく、仲間や家族に対しても同じです


愛に条件をつけた時、それが果たされなかった時
感情は荒れ、本当はどうしたいのかを見失います


愛情を注ぐ理由は「好きだから」そんな一言で充分ではないでしょうか




「いくつになってもキミのこと 大好きなボクで居られるけど
キミはどうだい きっと後悔 なんてないように
満天の星空に願いを込めて今、、、、」
恋/GReeeeN
最後まで読んでいただきありがとうございます
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Destiny 鎌倉ものがたり 2017.12.16




「Destiny 鎌倉ものがたり」を観ました
CMを一回見てから、世界観や雰囲気がすごく気になったんですよね
メインは夫婦愛を描いた作品で、鑑賞後はあったかい気持ちになりました

なんといっても高畑充希さんの仕草が可愛くてたまらなかったですね^_^



さて、作中に主人公の2人が出会った時に「この人と結婚するな」と感じる描写があります
実際結婚された方でそういう事を言う方も多いです
と、いう事は"運命の人"はすでに決まっているんでしょうか?



ここからは僕の個人的な考えですが、運命の人はいないと思っています
正確には相手を運命の人にしていく、です


例えば20年、30年連れ添って振り返ってみた時
「やっぱりあなたが運命の人だったんですね」と
共に過ごす時間が相手を運命の人に変えていくと思っています


昔、母になぜ父と結婚したのか?と聞いたことがあります
母の答えは「結婚したいと思った時、隣にいたのがあの人だったの」でした

僕はその答えがスッと入ってきて「あぁ、そういうもんなんだ」と妙に納得できました

2人が出会った時、結婚を感じたのかどうかは分かりませんが、少なくとも今の2人の幸せそうな姿を見れば
母の答えは僕にとっての正解です


先日、父が定年を迎えた際
家族LINEに母が父へ感謝と労いの言葉を載せました
父とのやりとりは新婚のような言葉に、長年連れ添った時間が不思議な説得力を持たせていました

そんな2人は今日も突然、旅行へ出かけて行きました(笑)



いつか僕も誰かの隣にいられるような存在になれたらなぁと思います


運命も愛も夫婦の形も、人の数だけ解釈も意味も違ってきます
だからこそ僕は運命の人を探したり、待ったりするよりも、自分たちでなっていく方が好きなんだと思います



「次あったらまた平凡な生活が続くだろうけど
いっぱい笑わせてあげよう
それが今は唯一の楽しみなんだ」
窓の外はもう日曜日/九州男
最後まで読んでいただきありがとうございます

恋愛の痛み 2017.5.14




先日、友人が失恋をしました
相手が自分に対してもう気持ちがないことを知り、自分から別れを告げたそうです


僕はどちらかといえば振られる方が多かったので、どんなに相手の事が好きでも半ば受け入れざるを得ない状況でしたが、友人のように好きなのに別れを告げるというのは、とんでもない勇気と覚悟がいることなんだろうと思います


僕は相手の気持ちを知りながら、延命に延命を重ねて、相手に言わせてしまうってパターンもあるので(笑)


全部終わった後に「これでよかったんですよね」と同意とも自分に言い聞かせているともとれる一言が耳に残っています



僕らは色んな経験や体験を通じて成長していきますが、こと恋愛というフィールドにおいての経験値の量が一番大きいと思います
それは仲が深まれば深まるだけ、心の深い部分、無防備な心で接していくから得られるものも多く、時に激しく傷ついてしまう


もう2度とこんな思いはしたくない
もう2度と傷つきたくない
そう決めても、またきっと人を好きになれるのが僕らだと思います
一年半前、僕が失恋で傷ついた時救われたのがこの言葉でした
「別れの辛さに馴れることは決してありません。
幾度繰り返しても別れは辛く苦しいものです。
それでも、私たちは死ぬまで人を愛さずにはいられません。それが人間なのです。」
これは瀬戸内寂聴さんの言葉です


きっと、「これでよかったんだ」と心から思える日が友人には来るでしょう
こんなにも、強くて優しい人なのだから



「◯×△どれかなんて 皆と比べてどうかなんて
確かめる間も無い程 生きるのは最高だ
あまり泣かなくなっても ごまかして笑っていくよ
大丈夫だ あの痛みは 忘れたって消えやしない」
ray/BUMP OF CHICKEN
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いい出会いを望むなら 2016.12.19




クリスマスも目の前ですが、僕の周りには独り者が多いです
こんなところも”類は友を呼ぶ”なんでしょうか(笑)


そんな僕がよく耳にするのが
「いい出会い、ないかなぁ」

男性女性問わず、恋人が欲しい人たちのあるあるワードかなぁ、なんて僕は思っています



でもそもそも、いい出会いの「いい」ってなんなんでしょう

自分の理想ドンピシャの相手との出会いでしょうか
それとも出会った瞬間、相手が自分に一目惚れするような出会いでしょうか



僕なりに色々考えてみましたが、自分にとって都合の「いい」出会いしか浮かんできませんでした

もちろん振り返って、あれは「良い」出会いだったなぁ、と感じる出会いはたくさんあると思います
だけどここで出てくる「いい出会いないかなぁ」は時間が経ってからわかるようなものじゃなく、その瞬間に感じるものの気がします



でも僕は「いい」出会いを望むことは悪いことではないと思っています

じゃあいい出会いを形にするにはどうすればいいのか



自分の理想の人と付き合うなら、自分もそれなりの何かを持っていなければならないでしょうし、一目惚れさせるなら、なおのことでしょう


結局のところ、都合の「いい」出会いを望むなら、自分の事を「良い」と思ってもらえるような自分にならないと形にするのは難しいと思います


いわゆる「自分磨き」というやつですね


かっこよくなりたい、キレイになりたい
自分を磨くために充分な理由だと思います



「まわるまわるよ 時代はまわる 別れと出逢いをくり返し 今日は倒れた旅人たちも生まれ変って歩き出すよ」
時代/中島みゆき
最後まで読んでいただきありがとうございます

忘れる 2016.12.9




僕たちの記憶は「忘れる」という力を持っています

辛い出来事や悲しいことをずっと鮮明に覚えていたら、毎日涙を流しながら過ごさなければなりません



ちょうど去年の今頃、僕は失恋し苦しみと悲しみでいっぱいの時期でした


彼女との思い出の品や画像なんかはすぐに処分しました、見るだけで苦しくなってしまうので
けれど心に入っている記憶は都合よくデリートなんて出来ません


どれだけ思い出さないようにしよう、考えないようにしようとしても、次々に思い出が溢れかえり僕の心を涙で濡らしていきます


人は無理に忘れようと力技でねじ伏せても、溢れ出る感情をなかなか止めることが出来ません
無理にせき止めたものは、どこかに無理を生じさせてしまいます


なので僕は無理に忘れようとしなくていいのではないかと思います
悲しいときは悲しい
辛いときは辛い
どんなに我慢しても溢れるときは溢れます

当時の僕は誰もいない帰り道などで号泣しながら歩いたりしてました

おおむね感情を感じた後は考える暇もないくらい予定を詰めたりもしました


そうやって過ごすうちに少しずつ思い出や感情は過去のものになっていきました
忘れることはどれだけ頑張っても出来るものではなく、心と時間が自然にしてくれるものであると思います


自分にとって大切な記憶であるなら、悲しいときも大切にすればいい
無理に忘れなければならないことは1つもないと思います



「気持ちは割り切れないよ 簡単に
反対にその思いを大切にすればいい
整理が出来るまで 思えばいい」
マタアイマショウ/SEAMO
最後まで読んでいただきありがとうございます
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ヒガシユウキ

Author:ヒガシユウキ
ありがとうございます、ヒガシユウキと申します。
読んでいただいた皆さんが少しでも笑顔で前向きになるブログを目指しています。

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