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11月の総括と謝辞 2016.11.30




2016年も残すところあと1カ月
先日母が「今年ももう終わりや、嫌やなぁ~」
と呟いていました
理由を尋ねると「また年取った」だそうです(笑)

僕個人としては早く来年になって欲しくてウズウズしています
おそらく来年は僕にとって飛躍の年になるでしょう、、というよりは飛躍の年にするともう決めたので、面白い映画の予告編を見て”早く見たい!”と思う感覚に近いです



そう思えるようになれたのは、この11月の多くの経験のおかげです

自分の力を発揮できる場所、環境を作っていただいたり、提供していただいたり、そんな方々の協力がありました



思えば一年前、まだ何1つ形になっていなかった頃
話す内容も、話す会場も、集客も、告知も、全て自分でしなければならないと頭を悩ませていました

悩んだ結果、結局何からやればいいのかわからなくなり、スタートの一歩が踏み出せない状況で辿り着いた答えは”とりあえず1つずつ終わらせる”でした

この中で唯一、自分の力が問われるのが、僕自身が提供するサービスやコンテンツ
だから2016年は勉強の年にしようと決めたんです
同時に場所や環境、集客や告知は得意な人にしてもらおう!と割りきりました



そうして一年経って現実化している今、なんだか不思議な感覚です

他の事を誰かにしていただいた分、与えられた場所や環境で僕は自分のことに集中することができました
つくづく周りの人やご縁に恵まれていると感じます

これを引き寄せと捉えるのか、たまたまと捉えるのか、捉え方は色々ありますが僕自身は”シンクロニシティ”と捉えるのが1番しっくりくるし、1番好きな考え方です


ただどの捉え方にしても、向いている方向さえちゃんと決めていれば必要な人には必要なタイミングで出逢うと思います



大切なのは行きたい方角をしっかり決めること


タクシーに乗ったら行き先を言うように
エレベーターに乗ったら行きたい階のボタンを押すように

行きたい方角をしっかり決めて最後の1ヶ月を乗り切りたいと思います



最後になりましたが、フェイスブックやブログでイイね押してくださった方、読んでいただいた方、今月お世話になった方々本当にありがとうございます


「君からもらった言葉の数 どれも大切な宝物
誰かを想うっていい感じ
言葉にするっていい感じ」
あいうえおんがく/GReeeeN
最後まで読んでいただきありがとうございます



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考えるより動く 2016.11.29



思考を巡らせたり、自分を見つめたり、イメージを思い描いたり

頭の中、心の中で行う行動は大切です



けれど僕らは頭を使う事に慣れ過ぎ、実際に身体を使う行動とのバランスが悪くなりがちです



「知覚動考」(ちかくどうこう)
という言葉があります
知・物事を知り
覚・覚えたら
動・まず動いてみる、やってみる、体験する
考・その後で考える、工夫する、改善する
という意味です


この言葉が示す通り、考えるのは動いた後なんですね
なかなか行動できなかったり、めんどくさがったりしてしまうのは”考えてから動いて”いるから

あれこれ考える間にまずやってみよう!という実践、行動の大切さを伝えている言葉です


僕がこの言葉を知ったのは7年ほど前
その時、もう1つの読み方を教わりました
それは、知覚動考(ともかくうごこう)

こういう言葉遊びはとても好きです



そして、もう1つ
この4月に僕が永平寺の坐禅修行で教わったもの
仏道の「道」には「常に実践していく、行動していく」という意味が込められているそうです
「道」がつく言葉に、武道、華道、茶道、など色々ありますが、どれも知識だけでなく技術として身体が覚える必要のあるものばかりの気がします
例えば「桜」という言葉を知っているだけでなく、自分の目で桜を見て、その美しさや優美さ、儚さなど自分の心で感じとる
知識と体験、両方が必要だという事ですね



頭でっかちになり過ぎず、軽やかなワンステップが大きな変化への第一歩かもしれません




「Don't think.feel!」(考えるな、感じろ!)
ブルース・リー/燃えよドラゴン
最後まで読んでいただきありがとうございます


好きな事をして生きるという事 2016.11.28





これからの時代、いろんな格差が広がっていくことは多くの専門家やメディアが取り上げていますが、僕はその中に”心の在り方”も含まれていると思っています


未来を観る人、過去を観る人
自分の軸で生きる人、他人の軸で生きる人
好きな事をする人、好きな事をガマンする人

別にどちらが正解だということではありませんが、二極化していく気がします



さてさて、
多くの本やセミナーで「好きな事をしよう」とあります
自分らしく生きたり、日々の息苦しさを解放していくためにもこれは大切なことです


しかし、この言葉は勘違いしやすいワードでもあります

好きな事”だけ”をしよう、ではないんですよね

好きな事のためには、苦手な事や不得意な事も行なっていく必要があります
嫌いと苦手もイコールではないんです
例えば掃除が苦手だったとしても、金輪際やりたくない、やろうと思うだけで嫌悪感と不快感にさいなまれる、なんて人は少ないと思います


昨日も僕は忘(望)年会に参加しましたが、正直大人数は得意ではありません
けれど、そこに嫌悪感や不快感はありません
本来サシ飲みが僕は1番好きですし、得意なんです


じゃあなんで行くのか?
僕の好きな事、やりたい事、思い描く未来のイメージには人との縁が欠かせないからです

本来人見知りの僕にとってはストレスでもあります
ただ自ら選んだストレスと他人に与えられるストレスでは、ストレス自体の意味も大きく違います

自ら選んだストレスは楽しめるし、成長か気づきの種みたいなものです
去年の夏に登った富士登山なんてまさしくこれでした
延々歩いて足は痛いし、荷物は重いし、空気は薄いし、めっちゃしんどい
でもね、楽しいんですよ
ボロボロになりながらワクワクしてるんです



好きなことがわかる感性も大事、同じように嫌いなものが何かを知ることも大事

自分の心に正直になる事が好きな事をして生きる事に繋がるのだと思います



「辿り着いたらいいなと思うだけじゃ 思いは思いのままで 終わってしまうかもしれない
じっとしているだけじゃ 時間はただ過ぎて行く
だから走り始めたのさ 命を運ぶために」
シンガーソングランナー/川畑アキラ
最後まで読んでいただきありがとうございます

望年会 2016.11.27




今日は2016年初の忘年会、もとい”望年会”でした

参加して来たのは僕の通う、速読スクール
総勢60名ほどいたらしくわちゃわちゃしてました(笑)
創設者の平井ななえさんや副社長も来られていました


まだまだ通っている回数も少ない僕なので、若干のアウェイ感もありましたが楽しんで来ました


さて、”忘年会”と”望年会”読み方こそ同じですが、漢字から受け取るイメージはどうでしょうか?

どの漢字を当てるのかは賛否両論あると思いますし、良い面というのはどちらにもあるので、どちらが良いとかは好みの問題であると思います



あくまで僕の主観ですが、忘年会はこれまでの過去を振り返るもの
ここには嫌なものや苦しいものを忘れたいというイメージが僕にはついて来ます
もちろん嫌な事をずっと覚えていても辛いですし、忘れて前を向こうという意味もあるでしょう

けれど、僕としてはそんな事に楽しい飲み会の時間を使うなら、知らない人とでも未来を語り合っている時間の方が好きですし楽しいです

望年会は未来を思い描くもの
来年はこうするんだ、来年はこう変えるんだ、たとえ夢物語でもそのためのエネルギーを生み出すのがこの会



過去に焦点を当てるか、未来に焦点を当てるか
それはその人それぞれです

そして、焦点を当てたモノの情報を集めるのが、脳であり、目であり、心であり、思考です



過去に焦点を当て、反省することは大切なことです
けれど、人は反省だけをできるほど器用ではないと思います
反省と共にどこか後悔もセットとして付いてこないでしょうか
反省するならその時その時、行えばいい
鉄は熱いうちに打てって言うでしょ


未来に焦点を当てる
「自分の人生シナリオの監督はあなた自身だ」と
締めのあいさつで副社長が話されていました

僕も演劇になぞらえて、ブログを書いたことがありますが、正しく!だと思いました

2016年、あと何回望年会があるか楽しみです



「ずっと心に描く 未来予想図は
ほら 思ったとうりに かなえられてく」
未来予想図II/DREAMS COME TRUE
最後まで読んでいただきありがとうございます

悩みと才能 2016.11.26





先日、名前に「み」のつく方は柔軟性があってコミュニケーション能力が高いですよ、とお伝えするとこんな答えが返って来ました



「私はコミュニケーションが上手だとは思えなくて、もっと上手くなりたいと思ってコミュニケーションスキルの講座やセミナーに通ってるんです」


その方はしっかりと相手の目を見て話したり聞いたりされていました
決して下手ではないし、むしろ高い方です




僕らが悩みを抱えるのはそれに可能性を感じるからである時があります

心の奥ではもっとコミュニケーションが出来る自分を感じる、だから今の自分が下手だと感じるんです
これはコミュニケーションの資質や才能がある証拠です


日常「どうやったら早く走れるだろう」なんて僕は悩みませんし悩んだことは一度もありません
きっと僕には早く走る才能や興味がないからでしょう


きっと本当に向いてないことや興味のないことに僕らは悩むことはないのだと思います


悩みは資質や才能の裏返し
だから人は悩み、悩んだ分解決した時に大きく成長しているのだと感じます



「『優しくなりたい』と願う、君は誰よりも優しい人」
Stage of the ground/BUMP OF CHICKEN
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決戦は金曜日 2016.11.25




今日は自分史上1番喋った一日でした

10時から17時までは神戸での鑑定会
19時から21時までは天王寺での鑑定会



喋り疲れましたが、とても楽しい一日でした



そんな1日を通して感じたのは、それぞれがそれぞれのタイミングでイベントを知って鑑定を受けに来られます
当たり前のことです
そして、それぞれがそれぞれの気づきや答えを見つけて帰ります
それも当たり前のことです


けれどその当たり前のことが僕にとっては不思議なんです

この方の、このタイミングでどうして”僕”なのだろうと


先日のブログでも書いたように、そこに何の意味もなくたまたまなのかもしれません

色んな意味づけを僕は考えますが、結局僕が出来ることは、”目の前のことを全力でやる”しかないんですよね

鑑定結果に意味づけするのは僕ではなく相手だからと、僕が適当や投げやりに行えば相手が受け取ったり感じたりするものも変わってくるでしょう


目の前の方の、今というタイミングに僕が出来ること
それに対して全力を出す

そういう姿勢や意識が影響し合って、目の前の方のタイミングや意味づけに繋がっていく


手を抜いてもいい事は1つもないな
そんなことを感じた1日でした




「積み上げたものぶっ壊して 身に着けたもの取っ払って
止め処ない血と汗で乾いた脳を潤せ」
全力少年/スキマスイッチ
最後まで読んでいただきありがとうございます

お薬とヒーリングと 2016.11.24





先週末に体調を崩して、土日にかけて喉の痛みが尋常じゃなく、空咳がでるような状態でした

けれど、明くる月曜には大阪での鑑定会だったので一刻も早く治さなければいけませんでした


昔取った杵柄で選んだのは、液体の葛根湯とアズレン入りのトローチ
元々ドラックストアの店長をしていたこともあり、市販薬に関しての知識はありますし、医薬品販売の資格ももってたりします

なのに薬が嫌いな僕です(笑)


飲めないわけじゃないです(笑)
基本飲まないように努めてるということです
薬の多くは症状を抑え込むので、その場しのぎには役立ちますが根本的な解決にはなりません


たまの風邪薬はいいですが、しょっちゅう風邪を引いて、その度に毎度風邪薬のお世話になるならまずは風邪をひかない身体作りをしようとか

頭痛持ちで頭痛薬を常備してるから大丈夫、じゃなく頭痛が起きにくくなるように体質を改善しよう、そんな感覚です

今回風邪薬じゃなく葛根湯を選んだのも、ちゃんと理由はあります
風邪の初期には葛根湯の方が効果は高いからです

トローチは医薬品なので、西洋医学と東洋医学の合わせ技ですね



さらに僕はイメージヒーリングとレイキヒーリングを合わせました

イメージはみずみずしいブルー
透き通った海でイルカと一緒にダイビング
喉元のチャクラの色は青なのと、癒しの象徴でもある水とイルカを合わせました

そんなイメージをしながら手を喉元にそっと当てててました
レイキに関してはほとんど人に言ったことはありませんが、”人に教えても良いよ”というレベルの資格まで習ったことがあります
自己ヒーリングの増幅装置みたいや使い方しかしてませんが(笑)


そして日曜の夕方、弟達と企画予定の両親へのサプライズイベントをひたすらイメージしていました
そこにはもちろん両親への感謝のシーンもあるし、2人の笑顔もありありとイメージしました


ふと気づくと喉の痛みが全くなくなっていました
少しのしゃがれ声は月曜に残りましたが、喉も体調も回復し、鑑定後は飲みにも行きました


西洋も東洋も、薬での治療も目に見えないヒーリングも互いの良いところを”掛け合わせ”て統合していく
これがことだまでいう「わ」=「和」のチカラ


最終的にやっぱり感謝の波動が1番ヒーリング効果があるのかなぁなんて思いながら、今日は少しスピリチュアルな話



「『ひとりじゃない』って思えた瞬間から 叶えられそうな気がしたんだ」
ニブンノイチ/BACK-ON
最後まで読んでいただきありがとうございます

人生に意味はない、けれど 2016.11.23



人生で起きる事に意味はあるのか?


起こった事に意味が元々あったとしても、答え合わせする事ができません
結局は自己採点するしかないんですよね


だから意味があろうがなかろうが、大切なのは自分がどういう意味をつけるのか


終わった事、過ぎてしまった事をどんなに悔やんでも、どんなに”もしもあの時”と考えても変える事はできません
僕らが変えられるのは起きた事に対しての意味づけや解釈だけです


事実は1つ解釈は無数、ピンチはチャンス、なんで言葉がありますがどれも起きた事をどう捉えるかが鍵になっています



それはまるで塗り絵のようです

ベースの絵は変える事はできません
けれど僕らはそれにどんな色をつけても良いんです
ベースの絵に描き足したりしても良いんです



味気ない真っ白の絵を、カラフルに彩るのは僕らが握ったクレヨンや色鉛筆
つまらない絵にイラストを書きこんだり、落書きをして面白くするのは僕らの遊び心


落書きを書き込むのも、色をつけるのも、意味をつけるのも自分自身


それは都合のいいものだったり自分勝手だとしてもその方がいいと僕は思う


それが「自分の」人生を彩るということ



塗り絵は自分で塗るから楽しくて面白い
誰かが塗った塗り絵をもらっても僕は嬉しくない




「まだこの世界は 僕を飼いならしてたいみたいだ
望み通りいいだろう 美しくもがくよ」
スパークル/RADWIMPS
最後まで読んでいただきありがとうございます


おしゃべり効果 2016.11.22



昨日は同じことだま鑑定師で手相も見る事ができる東吾さんと酒を酌み交わしました

真面目な話もしましたが、男同士ですからどんな女性が好みか、なんて話題ももちろん語ります


「名前に◯の字が入ってる人が合うと思う」とか
「この名前は美人が多い」とか
「マトリックスやと火かなぁ」とか
隣で聞いている人が居れば「こいつら何言ってんだ?」と思ったでしょうね
同門だからわかることだまあるあるです(笑)


僕はあまり好みはない方だと思っていたんです
けれど、こうやって話して見ると自分が持っていたこだわりが見つかっていきます
イメージとしては、会話をしていく事で散らかっていた部屋が少しずつ片付けられていき、探していたモノが見つかっていく
そんな感覚です



会話には思考を整理していく力があります


カウンセリングや対話療法はこの作用が用いられていますね


自分でも気づいていないこだわり、考え方の根本、思考のクセ、思い込みなどに自分で片付け、自分で見つける
これは自問自答だとなかなかたどり着く事が出来ない答えでもあります

自問自答が部屋を1人で何も使わず片付けるものだとすれば、相手との会話は掃除機や雑巾、はたきなど道具を使って片付けていくようなものです

道具を使う事で、効率良くキレイに片付けられ探していたものが見つかる

しかし、この道具が壊れていたり、汚れていたりすることもあります
すると、余計に散らかしてしまったり、汚してしまったり、、、


相談すると一緒に落ちてしまうタイプや一方的に決めつけてしまうのはこのタイプです



自分で悩み自分で答えを見つけることも大切
しかし、相談をして、自分で答えを見つけるように導いてくれる人の存在も同じくらい大切です


迷った時、悩んだ時、明確にならない時
信頼している人とおしゃべりしてはどうでしょうか


「僕はなぜ探してるんだろう 何が欲しいんだろう
まだ見ぬタカラはどこに」
ヒカリへ/ザ・ベイビースターズ
最後まで読んでいただきありがとうございます

先義後利 2016.11.21



僕は日本の歴史が好きです
とくに好きなのはベタですが、戦国時代と幕末
内外の関係性がとてつもない速さで変化していく中で、数多くの武将がそれぞれの理念を貫いていく姿に心が熱くなります


好きな武将は数多くいますがその1人が「直江兼続」
大河ドラマの主役にもなってたりするので名前を知ってる方も多いかもしれません
”愛”と書いた兜を被ったとされる「義と愛」の人です


この義と愛は僕の人生観の中でも大きなテーマとなっていて、だから彼に惹かれるものをみてるのかもしれません


なかでも「義」は昔も今も考えることが多いテーマです


大丸の掲げている経営理念に「先義後利」があります
まず義を通せば利は後からついてくるというもの

利が後からついてくるというのは、好きな事をして相手を喜ばせるとお金は後からついてくる
という事に似ています


僕はこの考え方はとても好きですし、だからこそこの状況では何が”義”なのか、いつも自問自答しています


そして、僕が19の頃、いつもつるんでいた友人に「筋は通さなあかん」と言われました
筋は時に非効率的な事だったり、自分が内心やりたくない事だったりもします
しかし、彼自身が僕に対して筋を通した行動を取ったことがあり、通された僕は嬉しかったし、「筋を通す」という事を彼から学びました


それ以来僕の中では”義”と”筋”はほぼ同義となりました
筋を通せなかった事、不義理を働いた事もあります
自分で選んだ筋が見当違いのこともありますが、何かに迷った時、目先の利ではなく筋を通した行動はなんだ?と考えられるように少しでもなったのは彼のおかげです


先に利を求めた時期もあります
けれど、利を求めたのに全く形になりませんでした
義に重きを置いて行動していくと、少しずつ利が形になりました


でもよくよく考えたらこれって当たり前です
利は急にどこからか沸いてくるものじゃない
お金だって評判だって、自分にとっての利は誰かが僕に与えてくれたものです

そこに人が存在している以上、不義理を働いて利に繋がるわけないんです
なのに利だけ求めるのは、それこそ筋違いです


急がば回れ、遠回りだと思った道が案外一番の近道かもしれません


「あなたのためとは 言えないけど
あなた一人が聴いてくれたら もうそれでいい」
pinkie/BUMP OF CHICKEN
最後まで読んでいただきありがとうございます
プロフィール

ヒガシユウキ

Author:ヒガシユウキ
ありがとうございます、ヒガシユウキと申します。
読んでいただいた皆さんが少しでも笑顔で前向きになるブログを目指しています。

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