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2月の総括と謝辞 2018.2.28






普段より2、3日短いだけですごく短く感じる今日この頃
明日から3月ですね

このところは少し暖かくなり、過ごしやすくなってきました


今月は僕も謎の高熱が出たり(インフルではありませんでした)とデトックスの時期だったのかもしれません

1ヶ月前の自分と今の自分
1日1日を見比べてもそんな変わってないような気がしますが、1ヶ月で見比べるとけっこう変わった気がします(笑)


二月を通して見ると気分の上がり下がりの振り幅がとても大きい1ヶ月でした

基本的には高い位置をキープしていたのですが、その反動なのか後半に高熱やネガティブな気持ちに振り回されそうになることも

ただそれらが終わってみると、とても穏やかにモチベーションも高い位置にいられています


1ヶ月前よりは少し高いステージに行けたのかな?と思っています


今月もご縁をいただいた仲間や、お仕事もあり
充実した1ヶ月を過ごさせていただきました


来月には今作成している講座も提供できる段階になるかと思いますし、ことだま鑑定、ブックセミナーなども引き続き行っていこうと思いますので、ご興味のある方はお会いできればと思います



最後になりましたが、このブログを読んでいただいている方、Facebookなどでイイネを押してくださる方、いつも本当にありがとうございます
これからもよろしくお願いします




最後まで読んでいただきありがとうございます
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思考回路を作る 2018.2.27




こうして僕は毎日ブログを書いているけれど、正直言って始めはめちゃくちゃ苦労して書いてました


ネタは出てこない、うまく言葉にならない
話がまとまらない(これは今もちょくちょくあります 笑)
パソコンが古すぎて動作が遅い
タイピングがヘタクソ
そんなこんなで一記事書くのに2時間くらいかかっていました


1日のうち2時間ブログ作成にとられていると正直、なんも出来なくなります
そのうちパソコンからスマホに変わり、ハード面はクリアしましたが、それでもネタ探しも含めて1時間以上かかることの方が多い、、
そのくせ書いたブログを読んでいる人は開設から半年ほどずっと0でした


それでも書くのをやめなかったのは僕の目的が誰かに読んでもらうことではなかったからです
読んでくれたり、目にとまってくれたらラッキーくらいでした
本来の目的は"自分の考えを整理する"ためでした
僕は何を考えて、何を信じてるのか?
自分を客観的に知るためのツールとして始まったんです


とはいえ、開設したては何か良い事言いたい気持ちもあって、背伸びもめいいっぱいしてました(笑)


毎日書くようになってから2年半ほどたった今、ネタには正直困っていません
それは日常からネタを探す思考のクセがついたから
なので今は平均30分ほどで書いています
帰りの電車など、昔は本を読んでた時間が今はブログの時間です



毎日毎日ネタを探し続けることは、言い換えれば毎日自分の心を観察しているようなものです

なのでブログを見ればある程度、その時の僕のテンションやモチベーションもわかります(笑)



毎日繰り返していると、やはり僕らの思考回路は新しく作られていきます
そしてより洗練され効率よくなっていきます
それは僕が無意識にネタを探して、発見するように


良い習慣がそうであれば、悪い習慣も同じです
毎日不平不満、自己否定を繰り返していればその思考回路が作られます
そして洗練されるわけですから、何もなくても不平不満を自ら生み出して行く



始めは効率も悪いし、時間もかかる、意識してやらないとすぐ忘れる
そんなことの繰り返しでも毎日毎日続けていけば、習慣と思考回路は形成されます



あなたはどんな思考回路を手に入れたいですか?
そして、それは今この瞬間からでも始められるものではないでしょうか




「ほんとの強さは いったい どこにあると言うのだろう?
地球儀を回すよりも こころの中を探せ」
VAMOLA!キョウリュウジャー/鎌田章吾
最後まで読んでいただきありがとうございます

優しさの形 2018.2.26




例えば、おばあちゃんが重い荷物を抱えて歩いているのを見つけて、荷物を持ってあげる
これって一つの優しさの形ですよね

それが仮に「良いカッコしよう」とか「周りへのアピール」だったとしても結果的にそのおばあちゃんの助けになっていれば別に構わないと思います



では、小さな子供が自分の荷物を持つのを駄々こねていたら?
若くて健康な人が"めんどくさい"という理由で荷物を持たない場合

この2つを見かけた時、荷物を持ってあげるのは"優しさ"と呼べるのでしょうか?



行動として「荷物を持ってあげる」は共通してますが、意味合いは変わってきますよね

それは優しさって答えも形もないものだから


この2つみたいに分かりやすければ、"当たり前じゃん"ってすぐに判断がつきます

けれど僕らの日常はこれほど分かりやすくは出来ていません

友達のAくん、Bくん、Cくん、同じ学年、同じクラス、仲良し同士
共通点がたくさんあったとしても、それぞれに出来る"優しさ"の形は違います



言うなればその人と築いてきた関係性から生まれるものが"優しさ"だと思っています

厳しさの中に優しさがあったり
待つ優しさがあったり
見守る優しさがあったり
何もしないという優しさだってあります

昔友人が言っていました
「失敗した時、俺から去っていく奴、手のひらを返した奴、敵になった奴、、、いっぱいおったけど、それでも俺を信じて待ってくれてる人もおった」

"信じて待つ"一見すると何もしてないようだし、待つしか出来ないと思うこともあるかもしれない

けれどその姿勢が誰かの力になっていることも事実なんですね



きっと与える以外の優しさは少し難しい
それでも臆病にならず愛ある選択を選んでいきたいと思います


「ねぇ 優しさって知ってるんだ 渡せないのに貰えたんだ
きっとさ 人と人との 心の外の中だけに 在るんだ」
ひとりごと/BUMP OF CHICKEN
最後まで読んでいただきありがとうございます

やりたいことが見つからない 2018.2.25




タクシーに乗った時聞かれます
「お客様、どちらまで?」
だから答えますよね
『◯◯まで、お願いします」


エレベーターに乗った時、行きたい階のボタンを押しますよね
なぜならその階に目的の何かがあるから



どこに行きたいか?をちゃんと決めているから、ちゃんと着きます

人生で見ると、この行きたい場所がハッキリしていないから中々着かないわけなんですが


一方で"行きたい場所がわからない"ってコトも多いと思うんです

僕自身がそうだったので



「やりたいことを見つけなさい」
と、言われてもそれが何かわからない
だからやりたくないことの毎日になって、
"忙しい"とか"時間がない"ことを
「やりたいことが見つからない理由」
にしていました


そうなるとますます人生の迷子状態突入です(笑)


でですね、人生の迷子になっても良いと思うんですよ
周りから見たら「あいつ何やってんの?」って言われることもありますけど
そういう時期も、その人にとって何かしら必要だったりするんです


「やりたいことを見つけること」が
"今"のやりたいことにしちゃえば良いんです



最初の例で言えば
タクシーの運転手さんに
「とりあえず前の車追って!」って言ってみてもいいし
「近くの海まで」って言ってもいい

エレベーターの一番上の階を押して、上からの景色を眺めてもいいし、上から順番にウインドウショッピングしてもいい

バーテンダーに「今日の気分に合うやつ」とか言っちゃってもいいんです


そうやって何か動くと、心も動きます


ゴールは一度決めたら変えられないものではありません
いつでも変えることが出来るので、もっとポップに決めて動いていいものなんです


重たく考えると、行動も気分も重たくなります
でも本来「やりたいこと」というのは、そのことを考えると気分が楽しく軽くなるもの


世間体、自分のルール
そんな重い鎧を脱ぎ捨てて、ポップに駆け出して行きましょう



「いつか知った何かの言葉 重い鎧のように
この体を守るあまりに 動きを鈍くした」
Butterfly/BUMP OF CHICKEN
最後まで読んでいただきありがとうございます

さようなら 2018.2.24




別れは突然訪れます


1月の後半から2月の半ばにかけて、とても強い寒波が来てましたよね

その時にうちに同居人が一人増えていました
それがコレ↓



恥ずかしがり屋なのか、なかなか写真を撮らせてくれないので少しぼやけていますが、街灯の暖かさに惹かれて一羽の小鳥が毎晩うちに来ていました


この子が来ている時は、夜中も街灯をつけっぱなしにして、暖をとってもらっていましたが
ここ数日少し暖かくなると、この子はまた何処かへ旅立って行きました



暖かくなれば居なくなるだろうと思ってはいましたが、いざ本当に居なくなると寂しいですね

帰ってくるたび、街灯の上をチラッと覗く僕がいます



ふと以前読んだ本を思い出しました
それは「最後だとわかっていたなら←YouTubeで開きます😃


出会いは別れのスタートです
誰とでも別れは訪れます
だからこそ、恥ずかしいとか見栄とかプライドとかで気持ちを伝えないままというのは、きっと後悔してしまいます


伝えたい気持ちはその時に伝えてみたらいかがでしょうか




「サヨナラに強くなれ この出会いに意味がある
悲しみの先に続く 僕たちの未来」
サヨナラの意味/乃木坂46
最後まで読んでいただきありがとうございます

自分への質問 2018.2.23






僕の行うことだま鑑定にはカードを使ったものもあります
その際大事になってくるのは「質問」
どんな質問をするのかによって答えは変わってきます
具体的に聞けば具体的に、漠然としていれば漠然とした答えです


だからこそお相手が聞きたいことをうまく言葉にしていくことが僕らに求められる力の一つかな
と、思っています




さて「質問力」という言葉はビジネスシーンやコミュニケーション論といった分野で使われますが、僕がここでいう質問力は自分に対しての質問の仕方です



例えば「どうして僕はモテないんだろう、、」と思ったとします
僕らの頭はとても優秀で質問をすればその答えをちゃんと持ってきてくれます
「それはね、根暗だからさ」
「それはね、太っているからさ」
「それはね、コミュ障だからさ」
といった具合に
まぁこれは僕の学生時代の話ですが(笑)

でもこの答えを聞いてどう感じるでしょう
「、、、だよね、分かってたよ、、」とさらに落ち込みます

いわばネガティブ思考のスタートはこの質問から始まるんです


では質問を変えてみましょう
状況は全く同じです
「どうしたら僕はモテるんだろう、、、」

「それはね、毎日笑顔の練習をしたらどうだろう」
「それはね、痩せてみたらどうだろう」
「それはね、人と話すことに慣れたらどうだろう」
このように質問の仕方で、頭が持ってくる答えは変わります


そして、ここからポジティブ思考が始まります
ポジティブ思考とは常に可能性を広げていく考え方だと言えます



僕らは無意識のうちに自分の質問の癖で、自分に質問をしています
ふとした時に
「なんでこんなにツイテないんだろう」
「なんで痩せないんだろう」
「なんでうまくいかないんだろう」

そうやって勝手に質問をして、勝手に答えを聞いて、勝手に落ち込んで、勝手にネガティブ思考にハマっていく
でも自分では無意識だから気づかないんですね


嫌なことがあった時に、その中の良い面を見つけることも大切です
それと同じように、常に可能性を感じるための質問力を磨いて、スタート地点からも変化していきましょう



「いつも跳べないハードルを 負けない気持ちで
クリアしてきたけど 出しきれない実力は誰のせい?」
ゆずれない願い/田村直美
最後まで読んでいただきありがとうございます


炒飯の具材 2018.2.22





少しイメージしてみてください
お腹が空いた
そんな時、目の前に美味しそうな炒飯が用意されている
しかも入っている具材は全て自分の大好物だ


「召し上がれ」という声とともに炒飯を掻き込むその手になんの迷いもためらいもない
どこを食べても美味い
口の中いっぱいに旨味がひろがり、「はぁぁ~幸せ、、」と胸いっぱいの幸福感が声として漏れ出るかもしれない

感じているのは食欲以上の幸福感だ




では同じ状況で、自分の大嫌いな食材が一品入った炒飯が出てきたらどうだろう?

ためらいなく掻き込めるだろうか?
おそらくその具材を避けながら食べるに違いない
その手にさっきのようなスピード感はなく、選別しながら口に運ぶこと自体にストレスも感じる

避けて口に入れた炒飯は確かに美味しい
けれど、そこはかとなく嫌いな具材の味や香りが混じっている
嫌いな味はどうしてこんなに敏感にわかってしまうんだろう、、、

食欲は満たされた
けれど胸いっぱいの幸福感とまではいくだろうか?
きっとお腹が満たされたささやかな幸せを感じることができるだろうが、さっきのように溢れるほどとはいかないだろう




さて、別に炒飯のブログを書いてるわけではありません(笑)


嫌いな具材とは自分の中の"嫌っている自分"
いわゆる自己否定してる部分です


自分を愛していると、何かをするときにブレーキはかけないし、幸福感をめいいっぱい感じることができます

一方自分を嫌っていると、どこかでフルパワーになれない自分がいて、ストレスを感じることも多い
ささやかな幸せを感じることは出来ますが、めいいっぱいというのは感じにくくなってしまいます



ねっ
自分を大切にするって大事でしょ



「君が開くその目の前に 明日の自分は見えていますか??
新しい扉のその先に きっと出逢える
『次の自分』に」
扉/GReeeeN
最後まで読んでいただきありがとうございます

しっかりこない 2018.2.21






なーんかしっくりこない、、
そんな時ありますよね



僕もブログを書いててもあるし、鑑定やセッションをしていてもあります
この微妙にずれた感覚は僕だけではなく、その時の相手もやはり同じように感じています



そういう意味では、全ての活動はこの微妙なズレを"しっくりさせていくこと"と言えるかも知れません



大切なのはこの「しっくりこない感」を無視しないということ
別に無視しても、僕ならブログはかけるし鑑定もセッションも出来ます



けれど、
靴の中で少しずれた靴下のように
ワンサイズ違うワイシャツのように
やけに背中がチクチクするTシャツのタグのように

しっくりこない違和感は心に居座って、ベストパフォーマンスから遠ざけます


それは仕事だけではなく、遊びを楽しむときも同じです


その時の感情をしっかり味わうためにも、このしっくりこない微妙なズレを意識してみましょう



「死ぬわきゃないよなことほど、我慢してたら死にそう」
Out Of Orbit~Triple ZERO~/T.M.Revolution
最後まで読んでいただきありがとうございます

見える世界 2018.2.20






"自分が変われば、世界は変わる"

よく自己啓発の分野では聞かれる言葉ですが、皆さんは信じますか?


昔の僕は「そんな都合のいいことあるわけない。そんなことで変わるなら苦労しないよ」
と思っていました



たしかに"世界"と言われるとおおげさかも知れません


けれど、こんな経験は誰しもあるのではないでしょうか

仕事で誰かがミスをした時、いつもなら笑って済ませられることが、機嫌が悪い時は苛立ってしまう

仕事ではなくプライベートでも、もちろんかまいませんが要はその時の気分によって同じ失敗やミスでも捉え方がごろっと変わります


いつもなら笑って済ませられることにほとんど差はありません
変わっているのは、、、自分の機嫌です



機嫌が良い時は、笑って済ませられる
機嫌が悪い時は、苛立って怒ってしまう


これこそが
"自分が変われば、(見えてる)世界は変わる"
ということです


自分がいかに上機嫌で居られるか?

きっと世界の見え方は、これだけでも大きく違ってくると思います



「同じ空がどう見えるかは 心の角度次第だから」
つけまつける/きゃりーぱみゅぱみゅ
最後まで読んでいただきありがとうございます

綺麗事の世界 2018.2.19





「綺麗事」ってありますよね
好き嫌いはあるでしょうが、僕は好きです


綺麗事の定義も人それぞれでしょう、"綺麗"というくらいなので、愛、友情、信頼、助け合いといった優しさをベースとした世界だと思います


一方現実を見渡せば、妬みや裏切り、足の引っ張り合いもたくさんあります


大切なのはどちらか一方しかないわけではなく、両方が混在している世界だと言うことです



意地悪を言ってくる人、騙す人、裏切る人もいますが、愛をくれる人、困った時に力になってくれる人、損得抜きで接してくれる人もいます


今現在どちらの人が周りに多いかはわかりませんが、この世界にはどちらもいます


もし、どちらかの世界に行けますと言われたら、あなたはどちらの世界に行きたいと思いますか?



多くの人が、"もし行けるなら"綺麗事のような愛の溢れた世界を選ぶと思うんです


ただここで問題となるのが、「もし行けるなら」「誰かが用意してくれるなら」「誰かが作ってくれたなら」
と、誰かが作ってくれることを期待しているということです

そうやって"誰かが"とみんなが言うから、綺麗事は綺麗事のままなんじゃないでしょうか




たしかに世界中を愛で包むなんてのはかなりハードルが高いです
でも綺麗事みたいな世界に住みたいと自ら動けば、「それ良いね」と共感する人が1人見つかるかもしれません
そうすれば、その2人の空間は綺麗事が成立します
また1人増えれば、3人の空間は綺麗事が成立します

そうやって少しずつ自分の周りに増やしていけばいいんじゃないでしょうか

0か100かで考えればそりゃ綺麗事なんてただの幻想です
だけど少しずつ割合を塗り替えていくと考えれば、難しい事ではないような気がします



そしてこの綺麗事こそ、自分の理想の世界の作り方と同じだと僕は思います



「憧れは能力(ちから)を今 呼び起こす
守りたいものがあるから」
LEVEL5-judgelight-/frip Side
最後まで読んでいただきありがとうございます
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ヒガシユウキ

Author:ヒガシユウキ
ありがとうございます、ヒガシユウキと申します。
読んでいただいた皆さんが少しでも笑顔で前向きになるブログを目指しています。

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