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3月の総括と謝辞 2018.3.31






今年は桜の満開も早く、この土日が見頃のピークですね
4月にはもう葉桜になりそう
そんな3月の末です


今月34歳になり、また新たな一年がスタートした僕ですが、去年はブックセミナーやことだま鑑定会など主催のイベントをコンスタントに行ってきました
けれど今年に入って"主催"という形ではやっていません

理由はいくつかあったのですが、1番大きいのが「やってることを統合していきたかった」

これまで僕の行ってきたことは、どれも「自分を大切にして、息苦しさの解放」に繋がっていました

けれど、それはたった一回の短い時間で完了できるようなものではありません

いわば大きな樹の枝葉の部分のみを提供しているようなものでした


今年に入って、より効果があるもの、効果を実感できるものにブラッシュアップしたいという気持ちが強まって、これまで主催イベントのために割いていた時間を全て、ブラッシュアップにつぎ込みました


自分がこれまで色々やってきて、効果があったものだけを注ぎ込みました
来月には枝葉の集約した幹の部分を提供できるのではないかと思います

もちろん枝葉の部分を無くすわけでは無いので、ブックセミナーやことだま鑑定会なども定期的に行っていく予定です



ちょうど3月は年度末
また新たな一年もよろしくお願いいたします


最後になりましたが、いつもブログを読んでくださる方々
facebookやブログ内でイイねを押してくださる方々
本当にありがとうございます

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謙遜と卑下 2018.3.30




日本の文化に"謙遜"があります
意味を調べると
「へりくだること、控えめな態度をとること、またそのさま」とあります


いわば自分を下げて相手を立てる
ということで、人間関係を円滑にするためにある程度必要なものでもありますが、これを続けてしまうといつのまにか「卑下」になってしまいます


褒められても「いえいえ、自分なんて、、」
「そんなことないです」と相手の言葉を受け取らないのではなく、受け取れなくなってしまいます


自分の価値を下げる行為が「卑下」なんですね

なので僕が普段心がけていることが、自分を下げるのではなく、相手をあげる

在り方として「謙虚」という言葉が一番近いかなと思います



自分を下げるとそこには「すいません」が生まれます
けれど、相手をあげるとそこには「ありがとう」が生まれます


自分が言われて嬉しいのはどちらでしょう?
なんとなくで「すいません」を多用していませんか?



「サクラ咲ケ 僕の胸のなかに
芽生えた 名もなき 夢たち
振り向くな 後ろには明日(あす)はないから
前を向け」
サクラ咲ケ/嵐
最後まで読んでいただきありがとうございます

理想の象徴 2018.3.29




今日はお花見
当初予定していたわけではなく、急遽予定が入れ替わりました




それでもステキな桜を見れて、美味しいお酒も飲めて幸せなひとときを過ごしました





僕は桜が花の中で一番好きです
理由はいろいろあるんですが、一つあげるなら
それは僕の理想像にとても近いから


このお花見のシーズン、多くの人が桜を囲んで笑いあったり、語り合ったり、酒を酌み交わしたりします

"桜"の元に集まりますが、主役はあくまでその人たち自身です
桜はあくまで集まるきっかけで、主役の人たちを見守ります


僕もセラピストとして、鑑定師として、セミナー講師として
クライアントの方と向き合って、その人たちが成長していくきっかけの言葉や向かいたいゴールへ導く手助けをしていきますが、あくまでも主役はその人自身です

きっかけに対して何か気づくのも行動するのも、その人自身で、僕がさせるわけではありません

そうやって自ら感じ得て行動していくことこそが、その人の自信や成長に繋がると思っています


そうして成長していく姿、変わっていく姿を温かく見守っていける存在
僕にとって、その象徴が"桜"です


丁度今週末が花見の見頃、桜とともにほんのひと時、時間を忘れてみてはいかがでしょう


「さくら木の真下 語り明かした
思い出は 俺 輝いた証だ」
さくら/ケツメイシ
最後まで読んでいただきありがとうございます


フラットな視点 2018.3.28





全てのことに良い面と悪い面が存在します
なので物事を見るときにどちらの面を見るかで、そのものの印象が決まります


僕は心や考え方などを取り扱っているし、ジャンルとしては「自己啓発」に入ります

それに対してプラスのイメージを持って取り組んでいる人もいれば、
そんなの意味がない
ただの綺麗事だ
怪しい
変な宗教みたい
といったイメージも根強くあります


実際このイメージも間違いじゃないし、怪しいことをしている人やいわゆる偽物なんかもたくさんいます
それで問題になったケースや被害にあった人もいると思います

そういう人からすると憎くてたまらないものかもしれません


しかし、なんとなく"世間のイメージで否定している"という人も多いのではないでしょうか


否定から物事を見てしまうと、そのものの本質が見えてきません

それは自己啓発だろうが、痴話喧嘩だろうが同じです



世間的な否定的なイメージとしてネットワークビジネスなんかもそうですが、実際何が合法で何が悪徳なのかちゃんと説明できる人は少ないのではないでしょうか
ちなみに僕は20代の頃携わった経験があるので、基本的な法律やシステムは説明できます
なんでも経験ですね(笑)



車だって便利な反面、操作を誤れば大事故に繋がるし
包丁だって、人々を唸らせる料理を作ることも出来れば、人を殺める道具にもなります

フラットな視点を持って、その力をどう使うのか
結局のところ、それらを扱う自分の問題なのだと思います



「綺麗な言葉を 信じない様にして
満たされるのは とても普通の事」
キャラバン/BUMP OF CHICKEN
最後まで読んでいただきありがとうございます

挨拶の本質 2018.3.27






小さい頃は
「あいさつをしましょう」
「人の話を聞きましょう」
「ありがとう、ごめんねは素直に言いましょう」
などなど
当たり前のことを教えられてきました


子供の頃は先生に言われたら「はーい!」と元気よく言っていたのに、いつのまにか出来なくなるんですよね


そうやってまた大人になって学ぶんです



僕が18の頃、初めてのバイトで挨拶が出来てないとバチクソに怒られました

僕の中ではしてたし、言ってる"つもり"でした
けれどスタッフの間では「あいつは挨拶が出来ないヤツ」と影で言われてたそうで、それを耳にしたオーナーに呼び出しをくらったわけです


当時はムッと思ってましたが、やっぱりやってる"つもり"だったんですね

自分がどんなに言っていても、相手に聞こえていなければ意味ないし、相手がどう受け取ったかなんですよね

そもそも挨拶を言った言ってないは問題じゃないんです


挨拶って相手とのコミュニケーションだから「おはよう」とか「こんにちは」ではなく信頼関係があれば「おっす!」とか「よっ!」でもいいわけです

言葉を発して相手と目があってコミュニケーションをすることが挨拶をする理由です

大切なのはコミュニケーションであって、言ったかどうかではありません


そうやって本質を考えていくと、意外とやってる"つもり"になってるものは多いかもしれませんね


結局子供の頃に学んだことをそのまま素直に行っていくことが、一番の学びに繋がるのかもしれません




「君と話したいことがある
それを思うとワクワクするよ
君と近くにいてもいなくても
そんな素敵な日々です」
あいうえおんがく/GReeeeN
最後まで読んでいただきありがとうございます

ジュブナイル 2018.3.26





子供の頃によく遊んでいた場所
成長するにつれて行くことは少なくなっていきます


記憶の片隅にあって、どこか懐かしい場所
子供の時の目線から見た景色は大人になって見ると「こんなに小さかったっけ?」と思えたり

その場所への道も変わっていたり、変わらないものがあったり


今日は父親と2人でそんな思い出の場所に約25年ぶりに行ってきました


場所は「奥須磨公園」
この名前も家族全員知りませんでした(笑)
家族の中では「たかくら」と呼ばれていたので、数年前検索してもヒットしなかったんです


「今度行ってみる?」そんな提案で、定年して時間のあった父と2人、行ってみました















ここってこんな道やっけ?
こんな遊具は無かった
ここでザリガニとアメンボを眺めてた
ここでビールをこぼした
ここのアングル覚えてる!


そんなことを話しながら、ぶらりと公園を散策

思えば、父親と2人で出かけるなんてほんとに無かったし、自然体で居ることもあまり無かった

どこか身構えて苦手に感じていた時期が長かったから

時間が解決したのか、お互いが変わったからなのか
定年して笑顔が増えたように感じる父とラーメン食って帰りました🍜



幼い頃にいた場所は、幼い頃の純粋さを思い出させてくれるかもしれません



「コーヒーを一杯で一日 見えない明日を むやみにさがして 誰もが希望をたくした」
時には昔の話を/加藤登紀子
最後まで読んでいただきありがとうございます

34歳のスタート 2018.3.25




今日誕生日を迎えました
メッセージを送っていただいた皆様、ありがとうございます😊


このブログを始めて3回目の誕生日で、去年や一昨年は何書いてたんだろうと思い、読み返したりしていました
その頃に比べ、少しずつ僕の周りの環境も変化していっています


ただ悩むことといえば変わらず、仕事、恋愛、人間関係、お金、、などなど
10代、20代の頃と特に変わってはないんですね
悩む内容は変わっても、ジャンルは変わらないのできっとこの先もこれらのことを考えながら、悩みながら、時に迷いながら進んで行くのだと思います


去年もBUMPの歌詞を載せてたので、今年も(笑)


ーーーーーーーーーーーーーーーーー
Stage of the ground


飛ぼうとしたって 羽根なんか 無いって
知ってしまった 夏の日
古い夢を一つ 犠牲にして
大地に立っているって 気付いた日

未来永劫に 届きはしない
あの月も あの星も
届かない場所にあるから
自分の位置が よく解る

飛べない君は 歩いていこう
絶望と出会えたら 手をつなごう
哀しい夜を越えて 笑おうとするなら
唄ってやるよ ルララ

迷いながら 間違いながら
歩いていく その姿が正しいんだ
君が立つ地面は ホラ
360度 全て 道なんだ

Stage of the ground

孤独の果てに 立ち止まる時は
水筒のフタを 開ければ
出会いと別れを重ねた
自分の顔が ちゃんと写る

すれ違う 誰かが 落としていった
涙を数える その度に
「優しくなりたい」と願う
君は 誰よりも
優しい人 ルララ

その足に 託された
幾つもの祈りのカケラ達と
叫んでやれ 絞った声で
ここまで来たんだよって 胸張って

Stage of the ground

躓いた小石を 集めて歩けたら
君の眼は必ず 再び光るだろう

那由多に広がる宇宙 その中心は小さな君

君をかばって 散った夢は
夜空の応援席で 見てる
強さを求められる君が 弱くても
唄ってくれるよ ルララ

あの月も あの星も
全て君の為の 舞台照明
叫んでやれ 絞った声で
そこに君が居るって事

迷った日も 間違った日も
ライトは君を照らしていたんだ
君が立つ 地面は ホラ
365日いつだって

Stage of the ground





この歌にはいつも、勇気をもらいます
歌詞から感じるものは人それぞれあると思いますが、僕個人的にグッとくるのは
「迷いながら 間違いながら
歩いていく その姿が正しいんだ」のサビ部分


迷うことや間違うことが=ダメ
になってしまいがちな価値観が多い中で、
"それでいいんだよ"とそっと包んで背中を押してくれるような気持ちになります





今日から僕は34歳がスタート
この一年でどうなっていけるのか、色々挑戦していきたいと思います

明日はまた誰かがスタートを切る日です
そして明後日も明々後日も
そんな人たちの背中をそっと押してあげられる人でありたいと思います




最後まで読んでいただきありがとうございます

前を向いて 2018.3.24






1日の良かったなぁと思うことを一個思い出す
普段なら「自分ってダメだな」と思うところを1日一回大目に見て、そんな自分に丸をつけてあげる


こんなことを2、3日繰り返したところで人はそんなに変わりません



何もしなかった日より0.1度良い方に上がったくらいです
でも単純計算10日続ければ、1度上がっています
1ヶ月続ければ3度
小さなことの積み重ねですが、何もしなかったこれまでと比べると着実に上がっていきます

自己肯定感を上げるって、こんなことの積み重ねだと僕は思います
こうやって少しずつ心の向きを変えていくんです



歩いてる時、下を向いていたら前が見えないですよね
前から来る人に当たったり、車だって見えてないかもしれない
だからいろんな障害物にぶつかる


自分への評価も同じで、下に見ていれば「なんで自分ばっかり、、、」みたいな障害がどんどん押し寄せるわけです


逆に上を見すぎると、ちゃんと自分を見れないナルシストです
足元を見てないからつまづきます


だから前を向く
前から誰か歩いてきても避けられるし、挨拶もかわせる
胸張って前を見て、出来てる自分も出来てない自分も認めて等身大を受け入れる


もちろん目線の先には理想の未来をイメージして



「無謀な挑戦 所詮無駄と 言われて諦める事勿れ
オフェンス! 苦しい時にこそ声を出して行こう
オフェンス! 自分が目指してる方へ 向かえ」
マイペース/SunSet Swish
最後まで読んでいただきありがとうございます

背中をそっと 2018.3.23





"本当にこれが一番やりたいことかわからない"


自分の好きな事や、やりたい事で生きていきたいと前に一歩踏み出した時
まず始めに出てくるのがこれだと思うんです


好きな事ややりたい事は沢山出てくるんだけど、どれが一番?と聞かれると、、、っていう感じ



僕自身、この問題に直面してヒプノの師匠のところに行って前世療法までしてもらいました

結果的に背中を押していただいたわけなんですが、前世がどうとか、天職がどうとか、ではなく
「間違ってないよ」と言ってほしかっただけでした
(個人的には前世とか、天職とか、お役目とか、興味深いし大好きな話題なんですが、この時の僕と気持ちとしてはあまり関係なかったということです)



この迷いが出る時って、本当は自分の中で答えは出てるんです
ただ自分の出した答えに自信がないだけ

周りからの応援があって一歩踏み出せるならそれでいいし
応援がなかったとしても、きっとそれをしないと前には進まないんですよ


その先で違う何かを見つけるかもしれない
もっとやりたいと思うことが見つかるかもしれない

でもそれは今感じてる「これかな、、?」っていう答えの先にあるもの


自分の直感や感性を信じてあげてみてください



「どれが正しいって 誰にも決める事は出来ないよ そうだろ? ね?
それを知ってるのは自分自身 後悔と不安はどんな境遇(とこ)にもいて
だから今を全部 ぶつけてやれるだけやって そのあとで君が笑えばいい」
愛すべき明日、一瞬と一生を/GReeeeN
最後まで読んでいただきありがとうございます

原動力 2018.3.22





僕が10代、20代前半の原動力といえば「モテたい」でした

高校時代、コミュニケーション力が無く、見た目にも無頓着で、丸々と太っていた僕が、高校2年の春、前に座っていた女子に恋をしました


手を伸ばせば届く距離にいるのに、僕は話しかけることすら出来ず、とりあえずその日からジョギングを始めました


太ってるし体力もない当時はすぐに息も上がり、苦しくて苦しくて、、、でも毎日毎日走り続けました

そして、衣替えでみんなが夏服に変わった頃
彼氏がいることが発覚し、僕の恋は終わりを告げました

運動なんて大嫌いで、家からあまり出たくない、あの頃の僕にしてはすごいなって思います



20代前半、女性との会話が続かない僕はあらゆる恋愛マニュアルを読み、研究し、実践していました
効果があるもの無いもの様々でしたが、ある意味今の僕の下地を作った時期かもしれません



こうして振り返ってみると僕にとって「モテたい」という想いは相当な原動力となって、自分を突き動かしていました


人によって部活動での「勝ちたい」だったり
「上手くなりたい」だったかもしれません

もしくは「見返したい」という強い想いを持って動いた人もいたかもしれません


なんにせよ、年齢を重ねれば重ねるほど、想いによって突き動かされることが少なくなってきます

なぜなら「モテたい!」の後にすぐ「いや、でも、、」と否定したり、打ち消してしまうようになり、やらないことの正当化を始めます


もし今、何かやりたいことや変えたいことがありながら、「いや、でも、、、」といった想いが心にある時
できる範囲のほんの小さなことでいいからやってみませんか?

時間が経てば経つほど、立ち上がるのがしんどくパワーが必要になってきます




ほんとは見たいテレビがあるのに、コタツに入ってしまって、リモコンが届かない場所に置かれている、、、
あなたはどうでもいい番組で我慢しますか?
それとも「えいっ!」と一瞬出てリモコンを取りに行きますか?

こたつから出るくらいの気持ちがあれば、きっと小さなことはポンっとできるはずです



「不甲斐なくて泣いた日の夜に
ただ強くなりたいと願ってた
そのために必要な勇気を
探し求めていた」
ピースサイン/米津玄師
最後まで読んでいただきありがとうございます
プロフィール

ヒガシユウキ

Author:ヒガシユウキ
ありがとうございます、ヒガシユウキと申します。
読んでいただいた皆さんが少しでも笑顔で前向きになるブログを目指しています。

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